第四番 春分


第四番 春分(しゅんぶん)

光と影が、等しく分かち合うとき
春のまんなか、季節のバランスに立ちどまる


ふと気づくと、昼の時間がずいぶんと長くなってきました。
まだ冷たさの残る朝もあるけれど、日中の光はやわらかく、
草木の影も、どこかのびやかに見える季節。
風が少し軽やかになって、空の色もやさしく澄み、
自然が“整っている”と感じる
そんな静かな満ち引きの中にいます。



春分は、昼と夜の長さがほぼ等しくなる日。
光と影が同じだけ存在することで、自然界に不思議な均衡が訪れます。

それはまるで、何かを切り替えるスイッチでもあるような。
芽吹いた草花、鳥のさえずり、川のせせらぎ──
寒さから目をこすりながら立ち上がった体が、
ようやく春のリズムと呼吸を合わせ始めるとき。

冬と春の境目に立ち、世界がひと呼吸整う
そんなやわらかな調和の中で、自然と心が並び立ち節目の時間です。

目次- table of contents-

1.【春分】とは

春分(しゅんぶん)は、二十四節気の第四番目。
例年、3月20日ごろにあたります。

二十四節気の「春分(しゅんぶん)」は、太陽が真東から昇り、真西に沈む日を中心としたおよそ15日間を指します。
例年では3月20日ごろから4月4日ごろまでにあたり、昼と夜の長さがほぼ等しくなることから、二十四節気において、大きな節目とされてきました。

この時期は、冬から春への移ろいがいよいよ本格化し、陽射しはやわらかさの中に力強さを帯び、草木は芽吹き、花々が競うように咲きはじめます。野には菜の花が彩りを添え、桜のつぼみもふくらみ、春の息吹が目に見えるかたちとなって広がっていきます。

また、春分は「春分の日」として、古来より「自然を敬い、生きとし生けるものを慈しむ日」とされ、国民の祝日ともなっています。昼と夜、陰と陽、光と影が調和するこの頃は、先祖に感謝し、自然の恵みに目を向け、
静かな気持ちで季節の節目を迎える──そんな季節の慣習が息づいている季節として迎えられます。


自然が整い、光が満ちるこの節気を通して
私たちの暮らしや心にも、すこしずつ整いをもたらしてくれるようです。


2.春分の【ならわし】


季節の変わり目に、暮らしを見つめ直す

「春分」は、昼と夜の長さがほぼ等しくなる特別なとき。
自然界の光と影が釣り合うこの節目には、古来より人々は心を静め、自然と先祖への感謝を重ねてきました。

お墓参りをするお彼岸の習わしや、牡丹餅をいただく食のしきたり。
あるいは、田畑の神へ祈りを捧げる社日の行事──
それらはすべて、生命を育む自然への畏れと敬いの気持ちから生まれたもの。

節目ごとに決められた習わしは、単なる形式ではなく、
私たちの心を整え、暮らしを調和へと導くための智恵でもあり、
自然と調和しながら生きてきた日本の暮らし方そのもの。

【習わしの日】として心に刻み、繰り返すことで、季節に寄り添う感覚が少しずつ磨かれていくのかもしれません。

昔から続くならわしのひとつひとつには、
自然を敬い、家族を大切に思い、暮らしを丁寧に整えていこうとする、
静かな祈りとあたたかい知恵が息づいています。

それでは「春分」のころのならわしを見ていきましょう。

【春分とお彼岸】

「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉のとおり、彼岸は季節の節目。

春分の日の前後3日間、計7日間を「春の彼岸」と呼び、お墓参りや先祖供養を行います。
仏教では、迷いや煩悩に満ちたこの世を「此岸(しがん)」、悟りの世界を「彼岸」と言います。

太陽が真西に沈む春分の日は、西方極楽浄土に最も近づける日と考えられ、先祖を想う行事が行われるようになりました。秋分の日もまた同じように「秋の彼岸」とされます。「お墓参りやお供えを通してご先祖様を供養する期間」という認識が一般的です。彼岸の先祖供養をする風習は日本ならではの文化

春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」
秋分に日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」

と定義され、これはどちらも彼岸の習慣をふまえつつ、春と秋の性格の違いを表現したものです。

春は「生の芽吹き」、秋は「死と帰り」

春分のころは、草木が芽吹き、鳥や虫が活動をはじめ、農耕の準備が始まります。
人々にとって「生命の再生」を強く感じる季節であり、自然の恵みに感謝する時期でもありました。
そのため「自然をたたえ、生物をいつくしむ」という言葉が祝日の趣旨に選ばれたと考えられます。

一方、秋分は稲刈りや収穫の季節。実りをいただく一方で、命が静まり、祖先へとつながる「死」を想起しやすい時期です。そのため「祖先をうやまい、亡くなった人をしのぶ」という形に整理されたのです。
両方とも「彼岸」を背景にしていますが、

秋分の日 → 祖先と死へのまなざし
春分の日 → 生と自然へのまなざし

春分の日は、自然と人との調和を見つめる節目。
太陽の巡りのちょうど中間にあたるこの頃は、昼と夜の長さが等しくなり、世界が一瞬の均衡を迎えます。

先祖を偲び、子孫の健やかな歩みを願う――その祈りは、過去と未来をつなぐ架け橋のように、この日に重ねられてきました。
死へのまなざしと、生へのまなざし。
相反するものをともに抱きしめる感性の尊さが、この時期の空気に静かに息づいています。

自然の営みと人の心が響きあう、その均衡を思うとき、私たちの暮らしは、目に見えぬ大きな循環の中にあることを改めて感じるのです。

【春分の食べ物 ─ 牡丹餅(ぼたもち)】

春分の日には「牡丹餅」を食べる習わしがあります。

餅は五穀豊穣を願う食べ物、小豆は魔除けの象徴。法要やお祝いごとにも欠かせない組み合わせです。

  • 春は牡丹の花にちなみ「牡丹餅」
  • 秋は萩の花にちなみ「御萩(おはぎ)」

と呼び分けられ、形も「牡丹餅は丸く」「御萩は細長く」と違いがあります。
春は皮のかたい小豆をこして「こしあん」に、秋は新豆をそのまま粒あんに──季節に即した工夫も込められています。

今ではあんの種類に季節の区別は少なくなりましたが、「牡丹餅」と「御萩」という呼び名は、今も春秋のお彼岸を彩る美しい響きとして残っています。々の節目を意識するための知恵といえるでしょう。

【社日(しゃにち)】

春分に近い戊(つちのえ)の日を「春社」といい、土地の神を祀って豊作を祈ります。
秋分に近い日は「秋社」となり、収穫に感謝する日です。

地域によっては「地神講(じじんこう)」として地の神を祀る行事も残り、農耕と暮らしの深いつながりを感じさせます。
また、春社の日にお酒を供え、その酒を飲むと耳が良くなるとされる「治聾酒(じろうしゅ)」の言い伝えもあります。



【春分の言葉 ─ 季節のことば】

春分の頃は、移ろいやすい気候を表す美しい言葉が数多くあります。

  • 春日遅々(しゅんじつちち)
     春の陽がゆるやかにのび、時がのんびり進むように感じられること。
  • 春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)
     春風がのどかに吹き、心地よく満ちているさま。
  • 菜種梅雨(なたねづゆ)
     菜の花の咲く頃に降る、花をうながす雨。別名「催花雨(さいかう)」とも。
  • 育花雨(いくかう)
     花木の生育を助ける春の雨。「養花雨」とも書かれます。

いずれも、春の雨や光を「育むもの」「促すもの」として受けとめてきた日本人の感性を映しています。


【世界に広がる春分 ─ エイプリルフール】

春分から半月ほど過ぎた4月1日には、世界共通の風習「エイプリルフール」があります。
「人を傷つけない小さな嘘で笑いを分かち合う日」として、フランスや欧米を中心に親しまれてきました。

フランスでは「四月の魚(Poisson d’avril)」と呼ばれ、魚の絵を背中に貼っていたずらをする習慣も。
イギリスでは翌日の4月2日を「トゥルーエイプリル」として、真実だけを語る日とされ、プロポーズをする人も多いといいます。

春分の「調和」とも響き合うように、世界中で「笑い」や「真実」を考える小さなお祭りが、春の入り口を彩っているのです。


春分とは、ただ昼と夜が等しいだけの日ではなく、

  • 光と影の均衡を味わう日
  • 自然と祖先に感謝する日
  • 農耕の節目を祈る日
  • 言葉や食べ物で季節を感じる日
  • そして、世界の人々が春を祝うきっかけ

──そんな多層的な意味を持つ、豊かな節目です。

やわらかな調和の中で迎える春分。
自然が整うように、心もまた、静かに澄み渡っていくのかもしれません。


春分の【七十二候】

雨水のころの「七十二候」をご紹介します。

雪解けと共にじんわりと動きだす大地。
季節が変わり始めたのを感じるのは、まずは水の流れから。

初侯第十候 雀始巣すずめ はじめてすくう

すずめが巣作りをはじめる頃



春の陽射しがほんのりとあたたかくなり、大地の気配がやわらいでくる頃。長い冬のあいだ、土の奥深くでじっと息をひそめていた虫たちが、もぞもぞと動きはじめます。七十二候の「蟄虫啓戸(すごもりむし とをひらく)」は、そんな小さな命たちが、春の気配に誘われて、再び地上へと姿を現す季節です。

次侯第八候 桃始笑もも はじめて わらう

冬の間、かたく凍りついていた大地が、ほんのりとやわらぎはじめる季節。



空から舞い降りていた雪は、いつしか静かな春の雨へと姿を変え、その雫は土の奥深くまで沁みこんでいきます。
「土脉潤起(つちのしょう うるおいおこる)」とは、降り注いだ雨が土地に潤いを与え、再び動き出す頃をあらわした言葉です。大地の“脉(みゃく)”が動き出すころ。

末侯菜虫化蝶なむしちょうとなる

冬の間、かたく凍りついていた大地が、ほんのりとやわらぎはじめる季節。



空から舞い降りていた雪は、いつしか静かな春の雨へと姿を変え、その雫は土の奥深くまで沁みこんでいきます。
「土脉潤起(つちのしょう うるおいおこる)」とは、降り注いだ雨が土地に潤いを与え、再び動き出す頃をあらわした言葉です。大地の“脉(みゃく)”が動き出すころ。

季の台所|啓蟄のころの旬の食材

ちょうど「冬の名残」と「春の走り」が同居する季節。食卓にも春らしい彩りが増えてきます。

魚介類
鰆(さわら)、鯛、あさり、はまぐり
→ 特に「はまぐり」はひな祭りにも欠かせない食材で、啓蟄のころと重なります。

山菜類
ふきのとう、菜の花、うど、タラの芽、ぜんまい、つくしなど
→ 春の苦味は、冬の間に溜めこんだ老廃物を流す働きがあるとされます。

野菜・葉物
ほうれん草、春キャベツ、新玉ねぎ、アスパラガス
→ やわらかく甘みが増してくる時期。

果物
いちご、デコポン、文旦
→ 春の訪れを感じさせる甘酸っぱさ。

春の兆しがほころびはじめる雨水の頃は、山や畑からも、冬の静けさを破るように、やわらかな芽吹きが顔をのぞかせます。この時季は、寒さの中で甘みをたたえた冬野菜が名残を見せる一方で、春を告げる野菜や山菜が少しずつ食卓へと上がってきます。

啓蟄の【文学・音楽作品】

「啓」はひらく、「蟄」は冬ごもりする虫。
つまり「地中で冬眠していた虫たちが、春の陽気に誘われて動き出す」という意味を持ちます。

そのため、啓蟄の頃には以下のような情景が印象的です

  • 土の匂い(春の気配)
  • うごめき/芽吹き/命の目覚め
  • 三寒四温の揺れ動く気候
  • 卒業、別れ、はじまりの予感

そうした「動き始める」「初々しい目覚め」の感覚が現れる文学や音楽作品が多く見られます。

表現と巡る-季節の情景-

にっぽんの季色

啓蟄に関連する様々な読みもの・コラム

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