
第二番 雨水(うすい)
雪が雨へと変わるころ。
水ぬるみ、春が動きはじめる
冷たさの奥に、やわらかな気配。
氷がとけて、小さな水の流れが生まれるとき、
季節は、確かに次の扉をひらこうとしています。
降っていた雪は雨に変わり、
土の中では水がしみこみ、草木の芽を揺らします。
庭の隅に咲いた一輪の花、
軒下につらなる雫、
日だまりで羽を休める小鳥の気配──
それは春が目覚め、
静かに歩き出した証。
音もなく季節がゆるみ、ぬかるんだ土の匂いのなかに、
新しい命の気配が立ちのぼります。
そんな春の気配を宿す頃──
暦のうえでは「雨水(うすい)」という節目が訪れます。
1.【雨水】とは
二十四節気の第二「雨水(うすい)」は、立春からおよそ十五日後、例年二月十八日ごろにあたります。
冷たい空気の奥に、ほのかな春の気配が差し込み、自然が冬の眠りから少しずつ目を覚ます頃。田畑には潤いが戻り、種まきの支度が始まります。
その名のとおり「雨水」は、水の巡りが再び動き出す時期です。
雪は雨へと変わり、氷は解けて水がぬるみ、やがて流れ出して大地を満たします。その水は春を育て、草木や田畑に命を与えていきます。
この節気は、自然の変化だけでなく、人々の暮らしや心にも潤いをもたらす節目とされてきました。農耕の始まりを告げる大切な季節でもあり、水のぬくもりが大地に戻ると、芽吹きや命の目覚めが静かに広がっていきます。
古くから伝わる行事やならわしも、この時期に息づきながら受け継がれています。

厳しい寒さは残るものの、
ふとした陽気のぬくもりが、心に春を呼び込んでくれます。
日差し、風、空の色──
それらがすこしずつ、やわらかく、やさしく、
変わりはじめる頃です。
2.雨水の【ならわし】
桃の節句とは
桃の節句(もものせっく)は、五節句のひとつで、毎年三月三日に行われる春の行事です。

やさしさに包まれた春の祝い
寒さがゆるみ、梅から桃へと花の季節が移る頃。
桃は古くから厄を払い、長寿や健康をもたらす吉祥の花とされてきました。
この日に、女の子の健やかな成長と幸せを願い、人形を飾り、春のごちそうをいただきます。
もともとは中国の上巳(じょうし)の節句に由来し、水辺で身を清めて災いを流す風習が、日本の風土や感性と結びつき、やがて雛人形を飾る形へと発展しました。
人形には「人の身代わりになって災厄を引き受けてくれる」という意味が込められています。
桃の節句とひなまつりとの違い
「桃の節句」と「ひなまつり」は、同じ三月三日の行事を指しますが、言葉のニュアンスに少し違いがあります。
【桃の節句】
節句という年間行事のひとつとしての呼び名。歴史的な由来や暦の節目を意識した言い方です。
初節句の時などは「桃の節句」と呼ぶことが多いです。
【ひなまつり】
雛人形を飾り、ちらし寿司や菱餅をいただく、女の子のお祝いとしての親しみやすい呼び方になります。
家庭や子どもたちの暮らしに寄り添った響きがあります。
桃の節句は暦や伝統文化の側面、ひなまつりは日常の祝い事の側面を表す言葉といえるでしょう。
雛人形の飾り始めと雨水の日
雪や氷が解け、田畑や草木に命を運ぶ「水の巡り」が再び動き出すこの頃、
人々は新しい季節の訪れを感じ取ってきました。
そんな雨水の日は、「雛人形を飾り始めると良縁に恵まれる」と伝えられる日でもあります。
これは、桃の節句(3月3日)に向けて準備を始める目安として、古くから親しまれてきた風習。
娘の健やかな成長と幸せな縁を願う親心が込められています。地域によっては「立春」や「雨水」に飾り始め、「啓蟄(けいちつ)」に片付けるという習わしも残ります。
また、同じように、雨水に「入籍すると幸せになれる」という言い伝えもあります。
水が命を育て、流れを生み、巡るものとされることから、
新しい人生の門出や縁結びに縁起の良い日とされているのです。

季節の中で味わう桃の節句
桃の花がほころび、やわらかな日差しが障子を透かして部屋を明るくする頃、雛人形の前で過ごすひとときは、冬から春への移ろいを感じさせてくれます。
色鮮やかな菱餅や白酒は、ただのごちそうではなく、厄を払いと共に福を招く願いが込められています。
桃の節句は、季節の節目を祝い、次の季へと心をつなぐ行事。
形や飾り方が変わっても、その奥にある「無事と幸せを願う祈り」は、今も変わらず息づいています。
桃の節句について
天皇誕生日 ─ 2月23日、静かなお祝いの日

現代の「雨水」の時期にあたる2月23日は、「天皇誕生日」として国民の祝日に定められています。
2019年(令和元年)5月1日に今上天皇が即位され、以後この日が新たな天皇誕生日となりました。
穏やかな陽射しが差し始めるこの時期に、国民の平和と幸福を願う気持ちをあらためて意識できる、静かで敬意に満ちた一日です。
なお、「祝日」と「祭日」の違いについて、少し触れておきましょう。
三寒四温─春への歩みを感じるころ
雪が雨に変わり、雪解け水が流れ出すこの頃、
天候の移ろいを表す言葉として「三寒四温(さんかんしおん)」があります。
これは、寒い日が三日ほど続いたあと、四日ほど暖かい日が続く、
冬から春にかけて特有の気候のリズムを表現したもの。
本来は冬の季語ですが、実際にその気配を肌で感じるのは、まさに雨水から啓蟄にかけての早春の時期です。
寒さとぬくもりが交互に訪れながら、ゆっくりと春が近づいてくる。
そんな自然の呼吸が「三寒四温」という言葉には込められています。

また、春一番や寒の戻りといった言葉もこの時期の気候を表すものとして残されており、
朝晩の寒暖差や不安定な気温は、季節が変わっていく合図でもあるのです。
これは自然だけでなく、人の暮らしや心にも潤いをもたらす節目と考えられていました。
雨水の【七十二候】
雨水のころの「七十二候」をご紹介します。
雪解けと共にじんわりと動きだす大地。
季節が動き始めるのは、まずは水の流れから。
【初侯】第四候 土脉潤起(つちのしょう うるおいおこる)
冬の間、かたく凍りついていた大地が、ほんのりとやわらぎはじめる季節。

空から舞い降りていた雪は、いつしか静かな春の雨へと姿を変え、その雫は土の奥深くまで沁みこんでいきます。
「土脉潤起(つちのしょう うるおいおこる)」とは、降り注いだ雨が土地に潤いを与え、再び動き出す頃をあらわした言葉です。大地の“脉(みゃく)”が動き出すころ。
【次侯】第五候 霞始靆(かすみ はじめて たなびく)
春の霞が、たなびき始める頃

春が深まるにつれて、空気の表情もやわらかに変わっていきます。
朝や夕方の景色の中に、ふわりと漂う白い靄。それは、春の訪れを告げる「霞(かすみ)」です。
【末侯】第六候 草木萌動(そうもく めばえいずる)
朝日を浴びた山々で、霞がたなびき始める頃

春の陽ざしが少しずつ力を増し、やわらかな光が大地を包むころ。
霞がふんわりとたなびく山々では、草木たちがそっと動き始めています。
土の奥でじっと眠っていた命が、春の気配に誘われて、地表へと顔をのぞかせる時季です。
季の台所|雨水のころの食材・料理
春の兆しがほころびはじめる雨水の頃は、山や畑からも、冬の静けさを破るように、やわらかな芽吹きが顔をのぞかせます。この時季は、寒さの中で甘みをたたえた冬野菜が名残を見せる一方で、春を告げる野菜や山菜が少しずつ食卓へと上がってきます。
たとえば、菜の花。
ほろ苦さとやさしい香りは、春の訪れを告げる味わい。
おひたしやからし和え、パスタや炒めものにしても、春の息吹を感じられます。
ふきのとうも、雪解けの土から顔を出す早春の味覚。
天ぷらにすれば香り高く、ふき味噌にすれば、ご飯がすすむ季節のごちそうに。
この時季ならではの新ごぼうや春にんじんも、柔らかくみずみずしい風味。
香りを活かして煮ものやきんぴら、かき揚げにして楽しむのがおすすめです。
また、地域によっては、若芽(わかめ)やめかぶなどの春の海藻が旬を迎えます。
三陸や瀬戸内など、海に近い土地では、この時季のわかめは格別。
さっと湯がいてサラダや酢のものにすると、つるりとした食感と磯の香りが広がります。
雨水の頃は、ひな祭りの準備を始める時期でもあります。
ちらし寿司やはまぐりのお吸い物、白酒など、春を祝う食卓も少しずつ整いはじめます。
農の手仕事が始まる直前のこの季節。
冬の間に蓄えた恵みと、芽吹き始めた春の命を、少しずつ味わいに変えていく。
そんな季節の変わり目を大切にする、雨水ならではの台所です。
雨水のころを現した【芸術】
冷たい空気の奥に、やわらかなぬくもりがひそむようになってきた頃。
氷が解け、土がゆるみ、春がそっと息を吹き返す——それが「雨水」の季節です。
この微かな季節の変わり目は、古くから多くの表現者たちの心に触れ、
俳句や短歌、小説、詩、そして音楽の中に、そっと息づいてきました。
芽吹きを待つ大地の匂いや、しとしと降る雨の余韻、
春を迎える心の揺れまでもが、作品のなかに繊細に織り込まれています。







