
冬のやわらかな名残の中、雁が北へ帰る季節
冬の間、日本の空と湖、田んぼを静かに彩っていた雁(がん)たちが、春の訪れとともに北の国へと帰ってゆく頃を「鴻雁北(こうがん かえる)」と言います。寒さ厳しい冬を共に過ごした彼らの姿が徐々に薄れてゆき、かわりに春の訪れを告げる鳥たちが舞い降りてくる、そんな移ろいの時です。
雁は古くから日本人の心に深く根ざし、文芸の世界で多く詠まれてきました。澄んだ秋の空を列をなして飛ぶ姿はもの寂しさや旅情を誘い、和菓子の「落雁」や、上質な茎茶の名にもその名を残します。雁の声は、春の別れと旅立ちの象徴として、昔から人々の暮らしの中に静かに息づいてきたのです。
冬の間、凍てつく水面に浮かび、ゆったりと羽を休めていた雁たち。やがて陽の光が柔らかさを増し、空気にほんのりと温もりが戻ってくると、彼らは北の故郷へと向けて羽ばたきはじめます。まるで季節の手紙を携え、悠然と空を渡るその姿には、静かな力強さと繊細な美しさが宿っています。
この頃、日本の大地はまだ冬の名残がわずかに残りながらも、次第に春の息吹に包まれていきます。雁が北へ去り、春鳥の代表であるツバメが渡来する頃の交差点。自然のリズムが変わり、季節が新たな章を刻み始める、その一瞬の儚さと確かさを感じてみてはいかがでしょう。
鴻雁北は、静かに移ろう季節の端境(はざかい)であり、命の旅路を見守る優しい時間。目を閉じれば、風に乗って遠くから聞こえてくる雁の鳴き声が、あなたの心の奥にもひっそりと響くかもしれません。
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