第十六候 葭始生(あし はじめて しょうず)


水辺に、初々しい葦の芽が顔をのぞかせる頃

春の光が日ごとにやわらぎを増し、風にやさしさが宿るこの時季、水辺の風景にも小さな変化が訪れます。七十二候の「葭始生(あし はじめて しょうず)」は、川や池のほとり、湿地帯に生える葦(あし)が、ひそやかに芽吹きはじめる頃を表しています。

葦は、夏には背丈を越すほどにぐんぐんと伸びる生命力の強い草ですが、春の芽吹きはとても控えめで、まるでまだ眠りの名残を引きずっているかのように、そっと土の中から顔を出します。その淡く緑がかった新芽は、水面のきらめきと共に、春の訪れを穏やかに知らせてくれます。

日本神話においても、私たちの暮らすこの国は「葦原中国(あしはらのなかつくに)」と呼ばれています。葦が生い茂る豊かな湿地に、命が息づく場所――それは、自然と人とが共に生きる風景の象徴でもありました。葦は単なる野草ではなく、古来より私たちの文化や生活の根幹に、そっと寄り添ってきた存在なのです。

春の光に促されて、やわらかくのびてゆく葦の芽。やがて風にそよぎ、鳥たちが巣を作り、虫たちが遊ぶ、生きものたちの楽園となっていきます。水辺にひっそりと生まれるその小さな緑の兆しは、まるで春が開ける戸口のように、命の季節への入り口を静かに示しているかのようです。

この時季の空気は、まだ冬の影を少しだけ残しながらも、確かに柔らかさを増しています。風が運ぶ匂い、水のきらめき、草の気配――それらにそっと耳を澄ませてみると、芽生えの音が聴こえてくるような気さえします。

私たちの心にもまた、目には見えないけれど、小さな「芽」がふくらみはじめる時期なのかもしれません。

自然のささやかな変化に気づくことで、私たちの暮らしのなかにも、静かな息吹が流れ込んできます。
新しい季節の一歩を、葦の芽生えとともに、そっと迎えてみませんか。

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