第七候 蟄虫啓戸(すごもりむし とをひらく)

—冬眠していた生き物が、春の日差しを求めて土から出てくる頃—

春の陽射しがほんのりとあたたかくなり、大地の気配がやわらいでくる頃。
長い冬のあいだ、土の奥深くでじっと息をひそめていた虫たちが、もぞもぞと動きはじめます。

七十二候の「蟄虫啓戸(すごもりむし とをひらく)」は、そんな小さな命たちが、春の気配に誘われて、再び地上へと姿を現す季節です。

「蟄(ちつ)」とは、冬ごもりすること。
虫や小動物たちは、寒さをしのぐために土の中に身を隠し、春が来るのを静かに待ち続けていました。
そして「啓戸(とをひらく)」とは、戸を開けるように、彼らが土からはい出てくる様子を表した言葉です。

昔の人は、冬のあいだ土の中にいた虫たちが「戸」、つまり穴を開いて顔を出すと表現しました。
雪が解けて露出した石の上を歩く蟻、湿った土から這い出す蛇や蛙、とかげなど――。
「虫」といっても、いわゆる昆虫だけでなく、土にひそんで冬を過ごしてきたさまざまな生き物たちを指していたのです。

「雨水」の頃に降った雨が土を柔らかく湿らせ、やわらかな陽射しが地面をやわらかくし、土の間から、あるいは木の根元から、小さな虫たちがぴょこりと姿を見せます。春の陽気に背中を押されるように、彼らはまた、新しい一年をはじめていくのです。

「春」という字に二つの虫を添えると「蠢(うごめ)く」という言葉になります。
まさに、大地の底で眠っていた命が動きはじめる、この時季を表す文字といえるでしょう。

今回の候は、二十四節気の「啓蟄」と同じ意味をもっています。
この頃は春雷がひときわ大きく響きやすく、立春をすぎて初めての雷は「虫出しの雷」と呼ばれ、春の季語としても親しまれてきました。

この時季の空気には、まだ冬の名残があるものの、どこか軽やかで、心の奥が少しずつほどけていくようなぬくもりが含まれています。
風の中にも、光の中にも、ゆっくりと目を覚ます命の気配が満ちてきて、私たちの暮らしにもそっと息吹が流れ込んできます。

目には見えにくい小さな変化に、ふと気づいたとき、私たちの心もまた静かに動き出すのかもしれません。
小さな虫たちが戸を開けるように、春という季節が、またひとつ扉をひらく時。
その気配にそっと耳を澄ませて、あたらしい季節を迎えてみませんか。

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