
—春の霞が、たなびき始める頃—
春が深まるにつれて、空気の表情もやわらかに変わっていきます。
朝や夕方の景色の中に、ふわりと漂う白い靄(もや)。
それは、春の訪れを告げる「霞(かすみ)」です。五
「霞始靆(かすみ はじめて たなびく)」とは、山々や野の風景に、初めて霞がたなびき始める頃を表した言葉。
「靆(たなびく)」という言葉には、風にゆるやかに流れるさま、空にほどけていくような軽やかさが込められています。
冬の間、澄みきっていた空気は、春のぬくもりを含むことで少しずつ湿り気を帯び、視界の奥にやわらかなヴェールをかけたような霞があらわれます。
遠くの山や木々がぼんやりと煙るその風景は、どこか幻想的で、心を静かに解きほぐしてくれるような美しさがあります。
霞は、春の季語として古くから和歌や俳句にも多く詠まれてきました。
「春霞たなびく山の桜花 見れどもあかぬ君にもあるかな」(紀友則)
といったように、霞は恋心や別れ、懐かしさを表す象徴としても登場します。
それだけ、人の心を映すような、感情に寄り添う自然現象だったのでしょう。
また、同じように視界をぼやかすものでも、秋の「霧」が夜や朝に生じ、冷たく湿った空気に包まれるのに対し、春の「霞」は昼に現れ、どこかあたたかく、やさしい印象を与えてくれます。
その霞の中で咲く梅の花や、鳥のさえずりに耳を澄ますひとときは、まさに早春ならではの情景です。
目に見える景色も、感じる空気も、すべてがやわらかにほどけていくような季節。春は、風や光、音に加えて、こうした「見えにくさ」や「ぼんやりとした気配」にも宿っているのかもしれません。
そんな霞の風景に、ふと足を止めて、季節の奥行きを感じてみませんか。
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